テレビ放映から、お金の偉大さと怖さ、そしてそれに群がる人間の愚かさを存分に身につまされる「闇金ウシジマくん」。
Part3とファイナル、続けて上映された映画をいずれも見逃しました。
まぁ見るとちょっと気持ちが辛くなるっていうのもあるんですけれど・・・お金はあればあるほど足りなくて、腐らないけれどあっという間に消えてしまう。欲望の塊の紙切れを求めて、人が右往左往する様子を高みの見物をしているウシジマくん。
その冷たい瞳の奥には一体何があるのか。
Part3は結構身近、アフィリエイトで年収億も夢じゃない、そんな言葉につられて天生塾に入会した派遣労働者の話を軸に、キャバクラにハマる一流企業の男のエピソードを絡めて描く。
沢村(本郷奏多)は、母親がコツコツ貯めたお金と父親の貯金を勝手に引き出し、底辺から這い上がるために天生塾のネズミ講レースに巻き込まれていく。
命をかけて挑んだ戦いに沢村は死に物狂いで人脈を広げるだけ広げ、ついにはトップを担っていく幹部にのし上がっていく。
ただそれは一時的な砂の城で、勝ち取ったものは様々な人の犠牲という脆い土台の上に成り立っていたもの。沢村の見た景色は絶景か絶望か。
キャバクラ嬢(筧美和子)にハマる男(藤森慎吾)は、地味な保険外交員の愛人(岸井ゆきの)から金を無心して、見栄と虚栄だけで生きている。いろんなやつから脅されたことで、カウカウファイナンスに金を借りることとなり、終わることのない取り立て地獄に身を投じることになる。
バカみたいに金に踊らされる人間を嘲笑いながらも、どこか背中がひやりとするのは、いつ自分も陥るかわからない「欲望と我慢」のさじ加減の危うさなのだと思う。
手元にある以上に使う、未来に入るものをあてにして買う、これが始まりの一歩。何かが1つ狂えば自分のなかにある倫理観が1つ1つ剥がれていく。
1つ借りて、もう1つ借りて、返せなければ別から借りて、こんな堂々巡りがダメなことぐらい、分かってはいるのだけれど、目先の安心のために自分の中の魂まで売り飛ばしてしまう。
そんな心の隙間にカウカウファイナンスがするりと入り込んできて、「返せ」と容赦無くむしり取っていく。
ドラマシリーズから嫌という程、むしり取られ身ぐるみ剥がされ、蟻地獄の欲望の果ての哀れな姿を何人も見てきたというのに、どこか人ごとで自分は安全圏の中で見物しているというおごりから抜け出せない。
そんな気持ちを作品が更新されるたびに、ことごとく乗り越えてくるウシジマくん。
これは金の話なのか、人の話なのか、それとも外からは見えない欲望の話なのか。
最終話も心してみます。
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