映画化された時に気になっていたんですが、先日ようやく読めました。
沼田まほかる著「彼女がその名を知らない鳥たち」
主人公である十和子は、自分をただただ好きでいてくれる陣治に寄生し、働きもせず一日を映画見て過ごすなど上の空で生きている。
そんな陣治はせっかく入社した一流企業で必死になって上を目指すも、学歴の低い自分にはどうしようもないという現実に疲れ、僻み、十和子への愛を頼りに献身的に過ごす日々。
生活に、人生に疲れきった2人が、ただ背中合わせにもたれかかるように一緒にいる都会の一部屋で、ほんの1つ投げ込まれた石が悲劇の引き金に指をかける結果となってしまった。
十和子はどうしようもない女。惹かれる男は手に入らない男ばかりで、ただ追いかけるだけの毎日に陣治のような献身的な愛は鬱陶しい雑音にしか思えない。
自分を弄んで捨てた黒崎という男の面影に今も愛を注ぎ、その隙に入り込んできた同じような匂いのする水島にズブズブとのめり込んで行く。
そんな十和子をいつもため息交じりに説教するのが姉の美鈴で、どちらかと言えばこの美鈴に感情移入して、十和子のことを心配したりイラついたりして読み進めた。
ただ、十和子の言う通り、陣治の愛を称賛しながらも、仕事を転々としてお金がなく、下品で見てくれも良くない彼のことを選ぶことはないのだろうなと思えてくると、自分も結局十和子のことを責められないのではないかと感じてくる。
美鈴も夫の不貞に心を傷め、妹の前では去勢を張るしかないプライドに疲れてはいるのだけれど、決してそこから落ちようとはしない。
ただ、そんな時でも陣治の献身さは耳の中にこだましてふとした時に思い起こされる。疲れてるか、マッサージしてやろうな、眠れるまでちゃんと揉みほぐしたる。ご飯も作らない、作ったご飯を気まぐれに反故にする、猫みたいな女をいつまでも泳がせておける、陣治の中に横たわる愛情は一体何なのか。
十和子はとっくにわかっていた。その深さ、真っ暗な井戸の中を覗き込むみたいな畏れ多さに。記憶の中で忘れ去っていても、自分がされた仕打ちは細胞の隅々まで食い尽くしていたのだから。
やがてこの2人が一緒にいる理由が、いなければならない理由が、そして陣治の献身さの意味がわかってくるのですが、それは愛よりも夢よりも希望よりも強固な罪深さ。
運命によって再び2人が出会うまで、悲劇のループを断ち切ることはできないのだろうか。そんな空虚感とともに、空に羽ばたくその鳥を十和子と一緒に見送った、そんなラストでした。
イライラしながら読み進め、自分の中のつまらないプライドをくすぐられ、最後にはもったりと情の深さに脱力させられる、重い重い一冊でした。
沼田まほかるさん、すごい。
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